フェロモンの種類とその利用
 
1.フェロモン(pheromone) 
 生物が体外に分泌し、同種の個体間で作用する化学物質のことをいいます。そのため、体内に分泌されてその個体に作用するホルモンとは区別されています。フェロモンは同種の個体間で作用することを反映して一般に種特異性が高く、多くは微量で作用します。
 フェロモンには、他個体に特定の行動を引き起こさせる解発フェロモン(releaser pheromone)と生理作用にかかわる起動フェロモン(primer pheromone)があります。前者には、性フェロモン、集合フェロモン、警報フェロモンなど、後者では階級分化フェロモンなどが知られています。
 
1)性フェロモン
 広範囲の昆虫、ダニ類などに見られ、通常は雌が雄に対する求愛行動(コーリング)として腹部末端のフェロモン腺からフェロモンを空気中に放出し、反応した雄はこれに誘引されて雌に接近します。接近した雄は雌をなだめる作用を持つ性フェロモンを分泌する例も知られています。また、性フェロモンは一般に夜間活動性の昆虫に顕著であると考えられています。
 性フェロモンの単離同定は最初にButenandt,Karlson(1961)らによりカイコガについて行われました。彼らは雌蛾50万匹から性フェロモンを同定しbombykolと命名しました。
 
2)集合フェロモン
 雌雄ともに誘引・定着させ、集団(コロニー)の形成、維持の働きを持ちます。集団生活者のカメムシ類、ドクガ類の幼虫、ゴキブリ類などでは集団の形成にフェロモンが働いています。
 
3)警報フェロモン
 ミツバチ、シロアリなどの社会性昆虫やアブラムシのように集団で生活する昆虫に見られ、拡散速度が速く、素早い逃避あるいは攻撃を引き起こします。警報フェロモンは一般に種特異性は低く、揮発性は高く、有効距離、時間は短い。
 アブラムシ類、カメムシ類、多くの社会性昆虫で知られています。
 
4)道しるべフェロモン
 コロニーを形成する昆虫に見られ、移動経路に塗りつけて帰巣のためや採餌のための集団での移動を引き起こします。社会性昆虫に多いが、テンマクケムシ(オビカレハ属の1種)の幼虫でも吐いた糸に含まれる化学物質に道しるべの作用があることが知られています。
 
5)密度調節フェロモン(分散フェロモン)
 過密を抑制する働きをもつフェロモンで、多くは産卵時に分泌され、同じ場所への産卵を抑制します。ミバエ類、モンシロチョウ属、アズキゾウムシなどで知られています。
 
6)階級分化フェロモン
 ハチ類やシロアリ類の女王が分泌し、ミツバチにおいては、働き蜂の卵巣発育を抑制するとともに、働き蜂を通じて幼虫に伝えられ、幼虫の卵巣発育を阻止して女王にならずに働き蜂に生育させる、女王物質(queen's substance);ローヤルゼリーが有名です。
 
2.フェロモンの利用
 フェロモンは微量で作用し、毒性がほとんど問題にならず、しかも種特異性が高いので、新たな害虫制御剤として注目を集めてきました。
 現在のところ、直接害虫の防除に合成フェロモンが利用されている方法としては、強力な誘引性を利用して大量にトラップに捕獲する大量誘殺法と、ガ類で主流となっている交信かく乱法による防除が行われています。間接的利用では、集合フェロモンや性フェロモンのトラップの捕獲数から発生状況を調査し、害虫の防除適期を予測します。
 フェロモンによる害虫防除を効果的に実施するには、成虫が発生している全期間にわたってフェロモンを持続的に揮散させること、対象地域の地形、風などがフェロモンの効果に影響を与えるので、それらの条件を考慮した処理が必要となること、処理面積を十分にとること等の対策が必要となります。
 
1)大量誘殺法
 合成性フェロモンによる大量誘殺法では、多くの場合性フェロモンは雌成虫によって放出され、雄成虫を誘引します。このため、誘殺される成虫は雄のみであるため、その地域の成虫の性比に大きな偏りを生じさせ、交尾頻度を減少させることによって繁殖率の低下を引き起こさせます。この方法は、見かけ上大量の雄がトラップに誘殺されていても、繁殖率の低下までには至らないことが少なくありません。
 
2)交信かく乱法
 圃場全域に合成性フェロモンを揮散、滞留させることによって、雄成虫による雌成虫の探索、発見を困難にします。この結果、雌雄の交尾を阻害して受精率を下げ、標的害虫の繁殖率の低下を引き起こさせます。
 
 
3.フェロモントラップによる発生予察
 フェロモントラップを発生状況調査に利用するときには、捕獲数を定期的に調査することが大切です。調査間隔は出来れば毎日が望ましいのですが、少なくとも5日ごとに調査したいところです。フェロモントラップによる調査は、その時点での捕獲数だけでなく、それまでの捕獲数の推移(発生消長)や前年以前の同時期のデータとの比較も重要な意味を持ちます。このため、トラップの種類や設置場所は安易に変更しないことが望まれます。
 なお、フェロモントラップ捕獲数から次世代の発生量を予測するときの注意点としては、トラップに捕獲される成虫の発生期から次世代の幼虫による被害の発生時期には、かなりの時間的な差があります。このため、その間に気象条件や、天敵の働きなどによって幼虫密度は大きな影響を受けることを考えておく必要があります。
 
 
(参考文献)
・斎藤哲夫ら(1988) 新応用昆虫学  朝倉書店
・「性フェロモン剤等使用の手引」編集委員会(1993)  性フェロモン剤等使用の手引 
 日本植物防疫協会 
・「植物防疫講座 第3版」編集委員会(2001)  植物防疫講座 第3版 害虫・有害動物編
 日本植物防疫協会