平成24年度病害虫発生予察特殊報 第1号                             
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1.病害虫名 ミツユビナミハダニ
学名   Tetranychus evansi Baker and Pritchard
 
2.発生を認めた作物名 トマト
 
3.特殊報の内容 本県における初被害を確認
 
4.発生地域 奈良県中和地域
 
5.発生確認の経緯
1)平成24年8月3日に奈良県中和地域の施設栽培トマト数株において、体色が橙色のハダニの多発を確認した。生産者が発生に気付いたのは7月下旬であり、被害の激しい2株は既に引き抜いて処分されていた。
2)採集したハダニを茨城大学農学部の後藤哲雄博士に同定依頼したところ、ミツユビナミハダニ Tetranychus evansi Baker and Pritchard と同定された。
3)発生確認したほ場のトマトは全て自家育苗されており、外部からの被寄生苗の持ち込みによる発生ではない。ほ場周辺には本種の野生寄主植物であるイヌホオズキが散見され、わずかながら本種の寄生が観察されたことから、これが発生源と推察される。
 
6.分布と寄主植物
1)本種は、南アメリカ起源と考えられ、1980年代中頃まではインド洋上の島々、南北アメリカ、プエルトリコ、ジンバブエに分布が限られていた。その後ヨーロッパ、アジアに急速に分布を拡大した。我が国では2001年に大阪府と京都府のイヌホオズキで発見され、当初は Tetranychus takafujii Ehara and Ohashi として新種記載された。しかしその後、Gotoh et al.(2009) の研究により、T. evansi のシノニム(異名同種)とされた。そのため、本種はヨーロッパ、アジアに分布を拡大していた 1990年代後半〜2000年代前半に我が国に侵入したと考えられている。
2)本種の我が国での分布は、東京以西の太平洋沿岸から沖縄県の一部地域(東京都、京都府、大阪府、兵庫県、高知県、福岡県、長崎県、鹿児島県、沖縄県)で報告されており、2008年には鹿児島県、2010年には高知県と沖縄県から特殊報が発表されている。
3)我が国で本種の発生が確認されている植物は、ナス、トマト、ミニトマト、ピーマン、トウガラシ、パプリカ、ジャガイモ、ホオズキ、イヌホオズキ、ワルナスビ、テリミノイヌホオズキであり、ナス科以外への寄生は確認されていない。
 
7.形態、生態および加害の様子
1)本種は雌成虫の体長が0.6mm程度で、カンザワハダニやナミハダニとほぼ同じ程度の大きさである。雌成虫の体色はくすんだ淡橙色(写真1)、雄成虫は白〜淡橙色、第3静止期の若虫は緑色である。多数の個体が集合している状態を肉眼で観察すると、一見カンザワハダニ(赤ダニ)のように見える。一方、ルーペや顕微鏡で観察すると、ナミハダニ黄緑型(白ダニ)の休眠型と非休眠型が混在しているように見える。
2)本種は主に葉裏に寄生し、発生初期には加害葉の葉表に小さい白斑が発生する(写真2)。多発すると葉が著しく白化もしくは黄化し、枯死に至る。
3)本種は増殖率が非常に高いことから、適切な防除を行わなかった場合には急速に被害が拡大する恐れがある。
 
8.生態と防除対策
1)本種は気門封鎖剤以外の各種殺ダニ剤に対する感受性が高く、一般的な殺ダニ剤散布による防除は容易と考えられる。従って、普段から殺ダニ剤散布によるハダニ対策を行っていれば問題になる可能性は低い。
2)トマト、ミニトマトなど、ハダニ類があまり発生しない作物では、減農薬栽培等により殺ダニ活性のある剤を全く使用していない場合、本種が多発する恐れがあるので、作物上をよく注意して観察する。
3)本種が発生した場合は、対象作物においてハダニ類に対する登録がある殺ダニ剤を散布する。農薬使用に当たってはラベルをよく読み、使用時期、濃度など登録条件を良く確認してから使用する。
4)ハダニ類に登録のある天敵製剤(チリカブリダニ、ミヤコカブリダニ)は、本種に対する防除効果が期待できないので、これらの天敵製剤でハダニ対策を行っているほ場では発生に注意する。
5)ほ場周辺にイヌホオズキ、ワルナスビなど、本種の野生寄主となる雑草が自生している場合は、作物や雑草での発生をよく注意して観察する。雑草での発生が見られた場合は、不用意に除草すると、本種の作物上への移動を促す可能性もあるので、除草後には作物への殺ダニ剤散布を行う。
 
 
謝辞
 本種の同定を賜った茨城大学農学部応用動物昆虫学研究室の後藤哲雄博士に厚く御礼申し上げます。
 
参考文献
1)江原・後藤(編)(2009)原色植物ダニ検索図鑑 全国農村教育協会 pp.349.
2)Gotoh, et al. (2009) Internat. J. Acarol. 35: 485-501.
3)後藤(2010)植物防疫 64:261-265.
4)Gotoh et al. (2011) internat. J. Acarol. 37: 93-102.
5)池島ら(2009a)九病虫研会報 55:136-140.
6)池島ら(2009b)九病虫研会報 55:141-145.
7)小坪ら(2004)日本ダニ学会誌 13:71-76.
8)大野ら(2012)応動昆 56:74-77.